メロウ倶楽部の歴史
メロウ倶楽部を設立するための発起人の最初の集まりを持った(16人)。以降4回の集まりをもった。
メロウ倶楽部の設立趣意書と規約を制定し会員の募集が行われた。通信手段としてニフティサーブ(現@niftyの前身)のパティオ(パソコン通信手段の一つ)が用いられた。
メロウ倶楽部設立総会を開催(129名参加 パテイオを用いたオンライン方式で行った)
メロウ倶楽部設立記念パーティを開催。
第一期臨時総会を開催。
メロウ倶楽部のサイト(http://www.mellow-club.org/)を設立(サーバーは米国セントルイスにおかれた)。
cgi(wforum)で作った会員用会議室「会員談話室」を設けた。
cgi(wforum)で作った会議室「メロウサロン」を公開した。
cgi会議室用巡回ソフトINCMの使用の提供を開始した。
第一期定期総会を開催。
メロウ倶楽部の最初の講演会が東京で開かれた(以降、年に3、4回の頻度で開かれている)。
最初の日韓交流会が韓国釜山で開かれた(以後毎年日韓交互で開催)。
韓国元老坊KJ-Clubとの友好を深めるために「日韓友好の部屋」を設けた。
第ニ期定期総会を開催(5月7-9日)。
メロウ倶楽部自前のサーバーを構築し、その上にメロウ動画館を公開した。
最初の全国オフ(FMELLOWと共催)を名古屋にて開催した(10月18-19日)。以降毎年1回開かれている。
第三期定期総会を開催(5月10―12日)。
「メロウ横丁」を公開した。
米国にあったメロウ倶楽部の主公開サイトのサーバーを日本国内に変更。
メロウ伝承館を設立(バックにデータベースを持つシステムCMSを採用し、記事はネット社会から広く集める方法(WEB2.0型)を導入)。
第四期定期総会を開催(5月7-9日)。
@niftyのフォーラム「FMELLOW(1991年11月開設)」は3月31日をもって終了したので、メロウ倶楽部はその継承をサポートするために2年間の予定でサイト「ニューエフメロウ」を立ち上げた。
第五期定期総会を開催(5月18-20日)。
「メロウ伝承館」が、国際連合情報サミット日本大会で文化部門の最優秀賞を受賞。
メロウ伝承館英語サイト(本サイトの抜粋版)を立ち上げた。
メロウ倶楽部の英語サイトを立ち上げた。
メロウライフ館を設立(基本的にメロウ伝承館と同じシステム及び方式を導入)。
第六期定期総会を開催(6月3-5日)。
メロウ伝承館に「ヒロシマ ナガサキ 私たちはわすれない」という音声記録(伊東明彦氏寄贈のCD9枚組)に聞き書きの文章を付けてアップした。
メロウ倶楽部の公開のページ(html)の大半をアクセシビリティ対応(高齢者や身体障害者のWEBへのアクセスのバリヤフリー化)とした。
ニューエフメロウをメロウ倶楽部に統合しサイトを大幅に更新した。
ニューエフメロウがFMELLOWから引き継いだ過去ログなどの情報資産は、メロウ倶楽部が引き継ぐこととし、その継承ポリシーを定めた。
第七期定期総会を開催(5月17-19日)。
Meta社が提供する団体用SNSのWorkplaceを採用
コロナ禍の影響下、オフライン集会ができない中でZoom(オンライン会議システム)を採用しました。
コロナ禍の中、初めてオンラインで全国大会を開催しました。
5月の総会で一般社団法人への移行を決定しました
メロウ倶楽部を一般社団法人化しました
2022年10月1日 改訂