メロウ植物園 
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[No.52348] Re: 春は名のみの**** 投稿者:Pan  投稿日:2018/02/06(Tue) 00:18
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夏子さん、みなさん、こんばんは。

> 『♪ 春は名のみの風の寒さや〜』という歌を思い出しました(^o^)/
> 「早春賦」という題名だったかな、たしか。昔の歌の歌詞は、ほんときれいですね。

 この歌を聴くと胸がジーンとなります。

 もう何度かどこかへ書いたことがあるかと思うので短くしますが、敗戦の数ヶ月後、
当時の旧制中学校で音楽会兼学芸会が何年か振りに開かれました。

 私より一学年後輩の男の子がこの歌と、『ミカンの花咲く丘』をボーイソプラノで
唱ったのです。

 誰もが知っている歌でしたが、戦時中には唱うことがありませんでしたから初めて
『戦争が終わった』と実感しました。

 その前の半年間は大阪の陸軍造幣敞の疎開工場が急に我々の村にやってくることに
なり、中学校と村中の峠道は大騒ぎで疎開工場の建設の渦に巻き込まれました。

 我々の中学校はその疎開工場の中心部になり、体育館と一階の教室には運び込んだ
工作機械が据え付けられました。

  我々二年生はこの工場建設作業に動員されたのです。
 中学校の上級生は既に名古屋の中島飛行機に、一年上は舞鶴の海軍工廠に学徒動員
されていました。

 大阪城の横にあった、その陸軍造幣敞は8月14日に集中爆撃を受け壊滅しました。

 京都の田舎の空まで褐色になり、太陽は演劇の舞台装置のように褐色になり、半焦
げの伝票が何十枚もキラキラと舞い落ちてきました。

 大阪を空襲したB29の大編隊は、悠々と我々の上で旋回して中国大陸へ向かいま
した。 

 疎開工場が稼働状態に入ったら、我々の田舎村も一気に空爆の対象に入ることは子
供心にも判っていました。

 このように我々の世代は何時までも先の戦争を引き摺っています。


     ***** Pan *****


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